緩慢なる自殺? 拒食による「痩せの極み」が憧れられる理由とその特殊効果【宝泉薫】
なお、昨年は有名人による摂食障害のカミングアウトが目立った。
本サイトでも記事にした元AKB48・岡田奈々の動画配信だったり、モデルの関あいかが書いた「摂食障害モデル 165センチ、32キロだったわたしへ」だったり。ただ、遠野の告白は本質への迫り方において群を抜いている。「摂食障害。食べて、吐いて、死にたくて。」というタイトルや、母との絶縁で生じた幻聴、自傷行為、自殺未遂といったエピソードから、死の代償行為としての病という実相が浮き彫りになっているからだ。
死にたいけど死ねない、そのかわり、食べたり吐いたり、痩せたり切ったりしながら、生きづらさをまぎらわす、そのこと自体も「死にたくなるくらい苦しい」ことだけど、一瞬だけ楽になれたりもするという切羽詰まった状況。特に拒食で病的に痩せることは、自らの苦痛を具現化して周囲から心配されることにもつながる。たとえ「緩慢なる自殺」のようであってもなお、拒食にはそれだけの効果があるのだ。
それゆえ、その効果を理解し、死ぬかわりに痩せる、という行為を自覚的に実践する人も増えてきた。筆者が「痩せ姫」と呼ぶ人たちのなかにも、
「死にたいけど痩せ姫としてならまだもう少し生きながらえてもよい」
「痩せ姫として生きると決めている 痩せていないと生きていけない 痩せていないときっと自死する」
などとSNSでつぶやく人がいたりする。もちろん、痩せ続けながら生き続けることは不可能なので、命を落としてしまう人もいないわけではない。
5年前に32歳で亡くなったSさんもそのひとりだ。バレエきっかけの摂食障害のほか、うつ病やパニック、過呼吸、睡眠障害などにも苦しめられていた彼女は晩年「痩せ」を極めることに生きる意味を見つけ、こんなことをSNSに書いていた。
「痩せてなくちゃわたしじゃないんです。痩せてなくちゃ自分を大切にしてあげられない。痩せてなくちゃ自分を愛してあげられない。わたしはもう、心の声を大切に生きる。痩せ姫として生命の灯火が消えるまで。ほっといてよ、そっとしておいてよ。もう充分頑張ってきたんだから、消え方くらい好きに選ばせてよ。まだ頑張って生きなきゃいけないの?そこまでして命長らえてなんになる?いろんなことあって仲良し家族になれて、めでたしめでたしハッピーエンドでいいじゃない。お願いだから痩せ姫のまま死なせて」
そこから一年余りあとには「早く死にたい」から「いつ死んでもいいやー」に変わったという前向きな(?)つぶやきも。ただ、そのつぶやきから4日後、母親が彼女の代わりに、こう報告した。
「とうとう心臓が止まり 永遠の眠りにつきました。母親としてはまだ受け入れ難い事実です。でも もうこれで苦しみから解放されて、痩せ姫からオーロラ姫になれます。悲しまないでくださいね」
そんな彼女の最期から連想されるのは「緩和ケア」というものだ。もっぱら、がん末期の苦痛に対して施されるが、それに限らず、死にたいほどの生きづらさ全般においてそういうものがあってもよいのではないか。Sさんにとっては「痩せ」を極めることが、一種の緩和ケアだった。